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Cafe Saint-Loup de Varennes

サン・ルゥ・ド・ヴァレンヌ

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2016年を振り返る

もう2016年が終わろうとしている。
2016年はいろんな事があった。

先ずは自分の体。
5月に頸椎ヘルニアであることがわかった。
背中から指先までの痺れがひどく、普通ではなかった。
完治することはないが、やれる事を全てやり、かなり改善され現在に至っている。
そのこともありマラソンの成績がさっぱりで、自信を無くしていたが、10月から本格的に速くなれる体作りに取り組み、体重は4キロ減し、体脂肪は11%まで落とした。筋肉量も増やし、自分でも驚く程のアスリート体型になり、ここ20年で一番よい体型になったと思う。

子供達
息子がサッカーで高校から誘いを受けた。
希望していた学校だっただけに、本人も喜んでいる。
娘は就活中。最近は強くなってきた。
いろんな想いがあるのだが、あまり細かく考えていない。
理想は誰でもあり、こうしておけば間違いがない等のことも親ならかんがえるのでしょう。
でもね、いろいろ手をつくしても、結局は本人。やりたい事がある、夢をもっている、それだけで十分。言うときは言うが、なるべく静かに見守ってあげたい。
まあとにかく、今年は息子とやりあった。お互い何度も本音をぶつけあった。

自分自身
頸椎ヘルニアになる。マラソンのタイムも上がらない。そんな中で昨年にウルトラマラソンに挑戦する事を決め、目標を果たした。多くを語らないが、人生観が変わった!見事に変わった。
恐怖心で一杯だった。頭が真っ白になり、精神状態も普通じゃない。幻聴も聞こえた。
やり遂げた事が大きな自信となり、変化する自分が見えていた。
ちょっとやそっとじゃ動じない!そんな感じです。
また、新たな目標ができた。次はウルトラトレイル!3年後はヨーロッパのレースに出場します。
それまでに経験を積んで行きます。2017年は大雪山ウルトラトレイルにエントリーします。
とにかく、100キロウルトラマラソンの完走で人生観が変わった。
仕事も、もちろん大事なのだが、残念ながら恐らく、仕事から自分の本質を見つけることはできないと思う。「命がけ」に近い体験をすると、人生は一度きりという考えで満たされる。
そういう意味では、とても幸せです。とても幸せな経験をさせてもらった1年でした。

来年も楽しみだ!


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by yumaruna238 | 2016-12-31 00:58 | Comments(0)

雪で真っ白! 心 真っ白!

天気が良かったので雪道をJog
綺麗な空気、一杯吸い込んだ。
見慣れた景色が真っ白。
綺麗だ。

気持ちいい!ニヤニヤした。
走りながら、こんな綺麗な景色が見れるなんて、なんて幸せなんだ。

また明日、走っちゃおう!

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by yumaruna238 | 2016-11-27 00:49 | Comments(0)

冬の前のランニング日和

1週間前は早い時期の大雪で真っ白だったモエレ沼公園も、すっかり陽射しで雪も融けた。

融けた雪が大きな水溜まりとなって、その景色が美しい!

それでも気温は10℃くらい。走っていて気持ちがいいのだけど、汗をかくと少し寒くなる。

冬の到来に覚悟は出来ていたが、こんな日があると、もう一度覚悟しなければいけない。(笑)

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by yumaruna238 | 2016-11-14 19:37 | Comments(0)

人生は一度きりだ。

山岳レースには40代、50代のベテラン選手が多い。ロードレースの若い選手、体力がある選手が上位を占めるのとは違い、40代で優勝をするケースが山岳レースでは多いようだ。
これは、自然を相手にするレースの組み立て、苛酷な状況を切り抜ける知恵と精神力そのものなのだと思う。
先月、世界一苛酷なレースと言われているパタゴニア極限レース141kmがNHKで放送された。日本のベテランレーサーである鏑木選手が準優勝した。48歳の鏑木選手は、まだやれる、まだやれると、自信に溢れていた。

56歳の最年長レーサーはゴール後、こんな、じいさんでもゴールできるんだよと呟き、歓喜の雄叫びをあげた!。そのシーンを見て、震えた。前のめりになり震えた。

別なレーサーは走りながら「人生は一度きりだ!」と叫んでいた。
これもまた強烈に胸に刺さった。

いや、ほんと!
人生は一度きりだ。

食べるために、生活するために仕事をしているが、そこに、人生は一度きりだ と思えることがあるか?会社で得られる充実感、達成感、多少なり僕にもあるが、正直、人生は一度きりと思うほどではない。そこで得た実績や評価など、否定はしないが、その箱の中だけのこと。否定はしないが表面的なこと。人生観を替えるほどの事は日常的なことからは得られないと思う。それが悪い訳じゃない!
ただ、非日常を体験する機会がないのは、とても残念な気がする。非日常は、スケールの大きなものもあれば、小さなものもある。自分が経験、体験したことのない新しい領域のことだ。
それに出会わず死ねるのか?日常の繰返しが人間だけど、それだけか?そこに非日常を少し入れてみないか?

電通の過労死の問題。まあ、電通に限らずだが、なぜ死を選ぶ選択しかできなかったのだろうか?ただただ会社を辞めるだけでよかったのに・・・本当に残念でならない。死ぬくらいなら・・・・と感じてしまう。会社、仕事という箱の中しか知らなかったから、せめて、その箱の中の誰かが、彼女に非日常を見せてあげることができたなら、また違う人生が訪れていたのだと思う。仕事をやりがいとしている人は、皆、同じ価値感の人間しかいないと思っているに違いない。だから、苦しむ人間に気付かないのだ!残業するのが当たり前で、定時であがるのが悪なのだ。そして、お客さまのために、とか言って、自分の身を削るのだ。実績をあげねばならないから、これもまたしょうがない。
少なくとも、自分の会社は、自分の身近にいる人達には、仕事をする上で、別な充実感を味わえる機会を得てほしい。じゃないと寂しいじゃないか。これが自分だ!と思える時間が、もっとあっていいんじゃないか!

人生は一度きりだ。

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by yumaruna238 | 2016-11-09 18:28 | Comments(0)

「宇多田ヒカルとは③」


宇多田ヒカルを考察し、知らない事がいっぱいあった。もちろんファンの人達は皆知っている事だよね。(笑)
Wikipediaで宇多田ヒカルを検索し、経歴、略歴、作品等、そんな事を知りたい訳じゃないんです。
彼女が表現する言葉や作る作品は、彼女を形成したものや、経験、様々な事だと思うのだが、それが何かを探ってみたいと思った。

ヒットしている、「花束を君に」はNHKのドラマ「とと姉ちゃん」の主題歌だが、ドラマ主題歌の制作依頼があり、完成させた作品ではあるが、それは亡き母への想いであると、NEWS ZEROのインタビューで語っている。

母(藤恵子)への特別な思いとは何か?
それは、母の精神疾患による苦労、(ご本人は苦労と思っていないかもしれない)苦悩があったことと察する。それついて、ブログでふれているが、宇多田ヒカルのメッセージよりも、離婚している宇多田ヒカルの父親のメッセージが印象にのこる。ちなみに藤恵子さんと離婚、再婚を何度も繰り返していたらしいが、それは、藤恵子さんの精神疾患の対処でもあったらしく、かなり苦労されたのかと感じる。

長くなりますが
母の死についての報告をブログに掲載されてましたので引用いたします。

   ⬇

 [2013.08.26]
8月22日の朝
8月22日の朝、私の母は自ら命を絶ちました。
様々な憶測が飛び交っているようなので、少しここでお話をさせてください。
彼女はとても長い間、精神の病に苦しめられていました。その性質上、本人の意志で治療を受けることは非常に難しく、家族としてどうしたらいいのか、何が彼女のために一番良いのか、ずっと悩んでいました。
幼い頃から、母の病気が進行していくのを見ていました。症状の悪化とともに、家族も含め人間に対する不信感は増す一方で、現実と妄想の区別が曖昧になり、彼女は自身の感情や行動のコントロールを失っていきました。私はただ翻弄されるばかりで、何も出来ませんでした。
母が長年の苦しみから解放されたことを願う反面、彼女の最後の行為は、あまりに悲しく、後悔の念が募るばかりです。
誤解されることの多い彼女でしたが... とても怖がりのくせに鼻っ柱が強く、正義感にあふれ、笑うことが大好きで、頭の回転が早くて、子供のように衝動的で危うく、おっちょこちょいで放っておけない、誰よりもかわいらしい人でした。悲しい記憶が多いのに、母を思う時心に浮かぶのは、笑っている彼女です。
母の娘であることを誇りに思います。彼女に出会えたことに感謝の気持ちでいっぱいです。
沢山の暖かいお言葉を頂き、多くの人に支えられていることを実感しています。ありがとうございました。
25年8月26日
宇多田ヒカル

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ご報告と謝辞
この度の故宇多田純子、投身自殺に於きましては、各方面の関係者の皆様、歌手藤圭子の大勢のファンの皆様、そして宇多田ヒカルのファンの皆様に多大なご心配と世間をお騒がせしていることに対して、所属事務所代表として、また25年間連れ添った元夫として心からお詫びを申し上げます。また、宇多田ヒカル並びに僕に対して沢山の心の籠った暖かいお言葉、お悔みをいただいたことに対しては、この場を借りて感謝の意を表明させていただきます。
通夜、葬儀に関しては、故人の遺言書に書かれていた本人の強い意志に従い、執り行わないことにしました。
出会った頃から彼女には感情の不安定さが見受けられましたが、心を病んでいるというよりも、類い稀な「気まぐれ」な人としか受け止めていませんでした。僕にとっては十分に対応出来る範囲と捉えていました。
この感情の変化がより著しくなり始めたのは宇多田光が5歳くらいのことです。自分の母親、故竹山澄子氏、に対しても、攻撃的な発言や行動が見られるようになり、光と僕もいつの間にか彼女にとって攻撃の対象となっていきました。しかし、感情の変化が頻繁なので、数分後にはいつも、「ゴメン、また迷惑かけちゃったね。」と自分から反省する日々が長い間続きました。とても辛そうな時が多く見られるようなった際には、病院で診察を受け、適切な治療を受けるよう勧めたことも多々ありましたが、このアドバイスは逆に、僕に対する不信感を抱かせることとなってしまいました。結果、本人が拒絶し続けた治療が成されないまま、彼女の苦しみは年を追うごとに重症化したものと思われます。
直近の12年間は、好きな旅に思い立ったら出かけるという生活を送っていました。アメリカは一回の入国で最長5年間の滞在許可がもらえるビザを取得し、ニューヨークを拠点に、ヨーロッパ各国、米国各地、オーストラリアなどを気の向くまま、頻繁に旅していました。
そのような環境の中、光と僕には昼夜を問わず、予期せぬ時間に電話連絡が入り、「元気?」という普通の会話が交わされる時もあれば心当たりのない理由で罵声を浴びせられる時もあり、相変わらず心の不安定さを感じさせられてとても気がかりでした。
最後に僕が純子と会話をしたのは今年の8月14日でした。純子からでした。この時は珍しく明るい口調で、元気そうな純子の声でした。約8分間、世間話を含め、お願いごとを何件か受け、了承し電話を切りました。その8日後の自殺となってしまいました。
純子として覚悟の上での投身自殺だったのか、衝動的に飛び降りてしまったのか、今となっては知りようがありません。最終的に僕から救いの手を差し伸べられなかった悔しさ、大切な人間を失った悲しさでいっぱいです。
これまで宇多田純子を、藤圭子を愛情を持って見守ってくださった方々全員に、本人に代わり、心から感謝いたします。ありがとうございました。
純子と過ごした日々は僕の記憶にはっきりと刻まれています。
平成25年8月26日

                          宇多田照實
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by yumaruna238 | 2016-10-24 10:17 | Comments(0)

今年、最後のレース

昨日、北海道ロードレースに出場しました。
ハーフマラソンのレースです。
今年は脛椎ヘルニア、サロマ湖100キロウルトラマラソンの完走と、その疲労からくる故障でフルマラソンの成績が悪く悔しい思いをしました。
ただ、人生観の変わる大きな感動も得ることができました。
来年のレースに向け、9月から本格的に体作りを開始しました。またまだ継続しますが少し絞れてきています。
昨日のレースはハーフ。ベストの更新を狙って練習しました。2年振りにベストタイムを更新できました。まだやれる!まだやれる!

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by yumaruna238 | 2016-10-24 07:40 | Comments(0)

間違い

なんで真っ青になったんだろう。
カラーコーデ間違ったな・・・。
俺としたことが・・・


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by yumaruna238 | 2016-10-19 10:35 | Comments(0)

迫力の岩塔

昨日は友人達と恵庭岳へ。
このところ、トレイルランニングばかりだったので、のんびり登山が気持ち良かった。
恵庭岳ピークは、自己責任が前提です。
どうしても登りたく、ロープをくぐり抜け目指しました。

怖い場所が数ヵ所ありましたが、ピークは最高です。迫力の山です!
残念なことに、ガスがかかっていて、支笏湖を一望できませんでしたが、反対のオコタンペ湖は見ることができました。

また来春に登ります

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by yumaruna238 | 2016-10-17 07:02 | Comments(0)

宇多田ヒカルとは①

先日購入したニューアルバム「Fantome」、猛烈に感激し、心を揺さぶられ、えぐられた。
特に「真夏の通り雨」は、もう聞きたくないと思うほど、切ない曲である。ただこの詞の意味が後になって理解でき、少しスっとした。

猛烈に宇多田ヒカルの事を知りたくなった。
誰もが知っている「宇多田ヒカル」。
きっと、誰もが知っている宇多田ヒカルの事。
僕は、ヒットした曲しか知らないんだ。藤桂子の娘という事しか知らないんだ。

6年ぶりのニューアルバム。
そういえば活動休止してたんだ。なんで?

先日のTV。
6年間の過去のこと、母である藤桂子のことに触れる紹介がされており、10月5日にニュースZEROで放送された彼女の特集を見て、もっと知りたくなった。
曲を聞き、何とも言えぬ感情になり、その元になることを探れるのかどうか試してみる。それぐらいに美しい言葉とメロディが収録されている。
彼女を知るために、先ずは、彼女のブログを1999年から全て読んでみている。別に大ファンってことでもないのだけど、ニューアルバムを聞いて、彼女のことを知りたくなった。ただそれだけ。

ここで言っておきたいのは、僕の音楽に関する知識と感覚。

僕は音楽が大好きで、かなり幅広く聴く。レコード、CDの数は恐ろしい。ジャンルは固めているつもりはないが、洋楽が多い。
宇多田ヒカルのブログ初期の記事を読むと、実に共通のアーティストを好んでいた。

僕は10歳くらいまで、会社の社員寮と一緒の住宅に住んでいたので、小学生低学年の頃から、20歳代のお兄ちゃん達が所有したものを目にしたりする機会が多かった。
その中にあった「ガイジンの音楽」を好きになった。クイーン、レッドツェッペリン、ディープ・パープル、ビージーズ、スティービー・ワンダー等々。生活の一部であったので、曲を聞き、耳が成長したと思う。
言葉のわかる邦楽ならなおのこと。

宇多田ヒカルが世に出てきた時も驚いた!

今日はここまで。
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by yumaruna238 | 2016-10-11 22:52 | Comments(0)

宇多田ヒカルに脱帽

ニューアルバム「Fantome」を聞いた。

凄いな宇多田ヒカル。
びっくりしたな。
胸をえぐられる。
喜怒哀楽 全てだな。

アルバムの写真は何故ボケてるのかな?

とにかく良い!

子供には早すぎる(笑)
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by yumaruna238 | 2016-10-04 07:55 | Comments(0)